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大阪高等裁判所 昭和63年(行コ)20号 判決

第一九号事件控訴人(第一審被告) 外務大臣

第二〇号事件被控訴人(第一審被告) 国

訴訟代理人 堀嗣亜貴 鶴淵富士夫 杉浦三智夫 福原章 外二名

第一九号事件被控訴人・第二〇号事件控訴人(第一審原告) 水野マリ子(旧姓 中野マリ子)

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、一審原告と一審被告外務大臣との間においては、一審原告に生じた費用の二分の一を一審被告外務大臣の負担とし、その余は各自の負担とし、一審原告と一審被告国との間においてはその全部を一審原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(昭和六三年(行コ)第一九号事件につき)

一  一審被告外務大臣

1  原判決の主文第一項を取消す。

2  一審原告の一審被告外務大臣に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。

二  一審原告

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は一審被告外務大臣の負担とする。

(昭和六三年(行コ)第二〇号事件につき)

一  一審原告

1  原判決の主文第二項を取消す。

2  一審被告国は一審原告に対し、一二〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和六〇年一〇月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審被告国の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  一審被告国

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は一審原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  一審被告らの主張

本件訴訟の争点は、客観的事後的な観点から、一審原告が日本赤軍と連繋関係を有するか否かではなく、一審被告外務大臣が、処分当時入手していた資料を前提として、申請者に属する主観的事由はもとより、客観的な事情を総合考慮し、高度の専門的知識に基づく裁量により、一審原告が日本赤軍と連繋関係を有する疑いがあると判断したことに相当の理由があるか否かである。以下分説する。

1  旅券法一三条一項五号に規定されている「外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」との文言は、文理上、「事後的な判断によって、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う者であると認められる場合」を、一般旅券発給の拒否事由としているのではなく、「処分時の外務大臣の合理的裁量判断により、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると外務大臣において認めるに足りる相当の理由のある場合」を、その拒否事由としたものであること明白である。

2  そこで、旅券法一三条一項五号における旅券の発給拒否処分の裁量性について、敷衍すると、憲法二二条二項で保障する外国旅行の自由という基本的人権につき、公共の福祉のため合理的な制限を加える旅券法一三条一項五号が、憲法に違反するものでないことは、確立した最高裁判所の判例である。

そして、五号所定の旅券発給拒否事由には、旅券の発給等を申請した者に渡航後において、そこに規定するような行為を行う意図があり、その危険がある場合のみならず、たとえ申請者にその意図がないときでも、その渡航自体が著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する結果を招くおそれがあると認めるに足りる、相当な理由のある場合を包含するものである(昭和四四年七月一一日第二小法廷判決・民集二三巻八号一四七〇頁)。

そして、五号の拒否事由に該当するか否かについては、申請者の地位、経歴、人柄、旅行目的等の主観的事由はもとより、各国の治安対策、日本国の経済・外交政策、国際世論の動向等の国際情勢、その他の客観的事情をも総合考慮し、高度の専門的知識に基づいて、外務大臣が当時把握していた資料を前提とし、広範な合理的裁量により判断することが予定されており、その判断の客観性、合理性を担保するために、理由付記や法務大臣との事前協議の制度が設けられているのである。

3  次に旅券発給拒否処分に対する司法審査のありかたについて触れると、旅券法一三条一項五号に基づく外務大臣の旅券発給拒否処分は、いわゆる裁量処分であるから、同処分が裁量権の範囲を越え、又はその濫用があった場合に限り、その処分を取り消すことができるものである。

したがって、裁量処分に対する司法審査、殊に判断のありかたについては、いわゆる判断代置方式、すなわち、裁判所が行政庁と同一の立場に立って、当該処分をすべきか否かの判断をし、その結果と行政庁の処分とを比較して、右処分の適否を審査する方式と、当該処分が社会観念上著しく妥当を欠くとか、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法と判断する方式とがあるといわれているが、少なくとも、行政庁に比較的広い裁量が認められている本件の如き事項について、いわゆる判断代置方式によることになると、結局行政庁の裁量を認めないという結果になるから、かかる審査方式をとることは許されず、外務大臣の裁量権の行使が、社会通念上著しく合理性ないし妥当性を欠いて裁量権を濫用したと認められる場合にあたるか否かの観点から、当該処分の適否を判断すべきである。

4  一審原告と日本赤軍との連繋関係については、既に主張してあるが、次のとおり若干の補足をする。

(一) 換字表に一審原告の氏名が記載されていたことの意義であるが、まず、この換字表は、日本赤軍構成員の本名または暗号名、政党名、日本赤軍と何らかの接触をもった者の氏名、世界各国の地名、活動行為の内容および必需品、作戦の成否に係るものなどを記載内容としており、足立が重信ら日本赤軍構成員との暗号通信に使用していた重要なものである。ところで、同表における一審原告の記載位置は、原判決が指摘するように末尾に近い下位である。しかし、だからといって一審原告の扱われ方が軽いことにはならない。何故なら、そのすぐ後にハーグ事件などを敢行した日本赤軍構成員和光晴生を意味する記載があることだけからしても、記載位置の上下による軽重の評価は、合理性を欠いていると言わざるをえない。のみならず、筆跡からして一審原告以下の記載は、後になって書き加えられた可能性を否定できないところ、そうであるなら必要性があったからこそ、書き加えられたものと解すべきである。それに、同表に氏名が記載されている人物の総てが日本赤軍構成員ではないけれども、一審原告がパレスチナ難民キャンプに看護婦として在住するにすぎなかったのであれば、暗号化してまで通信する必要はなかったはずである。

(二) テルアビブ闘争支援委員会が発行したパンフレットに登載された一審原告の「パレスチナの戦列から」と題するアピールは、他から転載したものではないことは明らかであるが、仮に転載されたものとしても、その内容が日本赤軍の行動を英雄視するなど、革命を堅持するようアピールするものであるだけに、同委員会にとって重要な意味をもったものであったし、一審原告としてもそれを承知のうえで、転載を容認したというべきであるから、いずれにしても一審原告が、一審被告らの主張するとおり、日本赤軍と親密な関係にあったことを裏付けるに足るものである。

(三) 一審原告と重信との親交関係が、昭和四七年五月三〇日に発生したテルアビブ・ロッド空港事件以後、途絶えたという事実はない。現に、右事件後の同年七月一五日付け人民新聞に、重信が一審原告の「パレスチナの戦列から」と題するアピールを読んだことを示唆する、一審原告に対して呼び掛ける文を寄稿していることからも明らかである。

(四) なお、一審原告は、前処分をめぐって訴訟が係属して以降、日本赤軍やPFLPの破壊活動に批判的であるかのごとくに自己に有利な供述をするけれども、過去の実績からみて信用できるものではない。

5  従前からの主張を含めて以上を総合すると、一審被告外務大臣がなした本件処分に取り消されるべき事由はなく、一審原告の各請求はいずれも棄却されるべきである。

二  一審原告の主張

1  まず、一審被告国の国賠法一条一項の責任が容認されるべきことについて、補足すると、旅券の発給は、国民の基本的人権である外国旅行の自由にかかるものであるから、一審被告外務大臣の申請許否の判断は、慎重かつ公正妥当なものでなければならない。これを本件に即して言うと、旅券法一三条一項五号該当として、旅券の発給拒否処分を行うには、「害悪発生の相当の蓋然性が客観的に存在する必要があ」るのであって、それが存在しないにもかかわらず行われる処分は、違憲というべきである。ところが、本件処分では、右相当の蓋然性が客観的に存在するどころか、容易に可能な事実調査を怠り、しかも頭から一審原告が日本赤軍と連繋関係を有するとの予断に基づき、根拠のない可能性を理由としてなされたものであることが明白であるから、その違法性は極めて大きい。したがって、右違法な処分につき、一審被告外務大臣に故意または過失があること明白であるから、一審被告国としては賠償責任がある。なお、この点につき、前処分に対する大阪高裁と最高裁の判断が示されているが、本件処分にあたりその判断は考慮されていないのであるから、同判断を理由として故意または過失を否定することは相当でない。

2  次に、本件で審理されるべき核心は、一審被告外務大臣の判断に合理性ないし相当の理由が存するか否かではなく、一審原告が日本赤軍と連繋関係にあったとする事実認識が客観的に誤りであるか否かにあるから、以下一審被告らの右主張に即して反論する。

(一) 一審被告らは、旅券発給拒否処分について自由裁量論を主張するが、一審被告らも引用する最高裁判決(昭和四四年七月一一日第二小法廷判決・民集二三巻八号一四七〇頁)は、「外務大臣が旅券法一三条一項五号の規定により、旅券発給拒否処分をした場合において、裁判所は、……その他これに関するすべての事実をしんしゃくしたうえで、外務大臣の右処分が同号の規定により外務大臣に与えられた権限をその法規に従って適法に行使したかどうかを判断すべきものであって、その判断はただ単に右処分が外務大臣の恣意によるかどうか、その前提とされた事実の認識について明白な誤りがあるかどうか、または、その結論にいたる推理に著しい不合理があるかどうかなどに限定されるものではないというべきである。」と判示して、「外務大臣が恣意にもとづいて旅券発給を拒否した場合は格別、その専門的識見にもとづいてこれをしている以上、判断の前提とされた事実の認識について明白な誤りも認められず、また、その結論にいたる推理の過程において著しい不合理もないかぎり、裁判所としては、その判断を尊重すべきであり、外務大臣がその責任においてした行政権限の行使に立ち入った干渉を加えるべきものではない」とした原判決に対し、その誤りを正している。

(二) 一審被告らの旅券発給拒否処分を正当化する論拠の一つは、旅券法一三条一項五号に「外務大臣において……虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」とある文理にある。しかし、この文言は、「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞がある」か否かの第一次的判断権を外務大臣に与えることを規定しているにすぎず、それ以上のものではない。

しかも、外務大臣の右第一次的判断権自体、外務大臣の国際関係、外交上の専門的識見を考慮して与えられたものであり、右専門的識見に基づいて判断を行う前提たる事実認識についてまで、独占的権限を与えたものでないことは自明のことである。誤つた事実認識に基づいて旅券の発給拒否という判断がなされたものの、正しい事実認識に基づけば旅券が発給されるべきであつたことが判明すれば、先の拒否処分が取り消されるべきであることは当然であり、「海外渡航の自由」という憲法上の基本的人権が、外務大臣の誤つた事実認識により制限されても、それは違法ではないなどという解釈が失当であることは明らかである。

(三) なお、講学上いわゆる行政処分の違法性判断の基準時としていわゆる処分時説が有力だといわれるが、そこでいう処分時説とは、処分ののち裁判があるまでの間に、処分の基礎となった法令の改廃や事実状態に変動が生じた場合にも、これを原則として参酌しないというに過ぎないもので、一審被告らが主張するように、処分当時の法令及び事実状態を前提にして、客観的に違法であることが明らかになった処分までも、適法とするものではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件処分の存在及び同処分に至る経緯については、当事者間に争いがないのであるが、その歴史的順序に従う要旨は、次のとおりである。

一審原告が昭和五二年一月八日サウジアラビアを渡航先として、一審被告外務大臣に対し、一般旅券発給の申請をしたところ、一審被告外務大臣は同年二月一六日付で旅券法一三条一項五号に該当するとの理由をつけて一般旅券を発給しないとの前処分をなしたこと、その取消訴訟の控訴審である大阪高等裁判所が、一審判決を取り消して、一審原告の請求を棄却したところ、上告審である最高裁判所は、昭和六〇年一月二二日、前処分には旅券法一四条に定める理由付記の不備があるとの理由で原判決を破棄し、一審被告外務大臣の控訴を棄却したこと、そこで、一審被告外務大臣が改めて一審原告の申請に対し、昭和六〇年二月一六日付書面により、理由を付して一般旅券発給拒否の本件処分をなした。

二  旅券法一三条一項五号がB規約違反である旨、理由付記の不備がある旨及び同一処分蒸し返しの違法がある旨の各主張について

当裁判所も、一審原告の右各主張はいずれも失当であると判断するが、その理由は原判決理由の説示二1(原判決三四枚目表三行目から同裏二行目まで)、2(原判決三四枚目裏三行目から三六枚目表末行まで)及び3(原判決三六枚目裏一行目から三七枚目裏六行目まで)と同一であるから、これを引用する。

ただし、原判決三五枚目裏八行目「日本赤軍は」から三六枚目表末行までを「日本赤軍と『連繋関係』がある者とは、申請者が日本赤軍の構成員であるとか、日本赤軍への単なる共感者にとどまらず、日本赤軍に対して有形無形の支援活動をするなどして日本赤軍の破壊活動を援助助長するような関係のある者という意味であり、『同集団のこれまでの活動等』とは、後記三の1のような日本赤軍による破壊活動の内容、日本赤軍の組織実態、その破壊活動等が再発する危険性が高いこと等を意味し、『著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある』とは、一審原告本人についての主観的条件のみならず、本件処分のなされた昭和六〇年三月当時の国際環境下にあって、一審原告を日本赤軍関係者であると知りながら、その海外渡航を我が国が認めるに及んだときには、テロ活動防止に関する我が国の基本姿勢について世界各国から疑惑を招き、非難を浴びせられ、我が国の国際的な信用を著しく損なうおそれがあるばかりでなく、その国際関係に重大な影響をもたらし、ひいては我が国の利益ないし公安を著しくかつ直接に害するおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある、という趣旨であることは理由全体をみれば充分に理解できるのであって、右理由は一般旅券発給拒否の理由としての事実関係の記載として欠けるところはないと言うべきである。

したがって、一審原告の前記主張は失当である。」と改める。

三  旅券法一三条一項五号該当性の有無について

一審被告外務大臣は、「一審原告が、従前からいわゆる日本赤軍と称せられる過激派集団と連繋関係があると認められ、同集団のこれまでの活動などに鑑み、旅券法一三条一項五号にいう著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者に該当する」に当たると主張するので、この点について検討する。

1  日本赤軍の組織実態、破壊活動歴、今後の破壊活動再発の危険性について

右についての判断は、原判決理由説示二、4、(一)(原判決三八枚目表一行目から同裏一〇行目まで)と同一であつて、一審被告ら主張のとおり認められるから、これを引用する。

そして、日本赤軍による度重なる破壊活動に対しては、日本国内はもとより国際世論からも非難が浴びせられ、世界各国は、そのような破壊活動を惹起させないよう最大限の努力をする必要があることを認識し、いろいろの対応策をとっていることは公知の事実であり、原本の存在とその成立につき争いのない乙第一九六、第一九七号証及び弁論の全趣旨によれば、日本国としても、国際テロ事件や破壊活動を防止するため、旅券の発給を厳正にするなどの措置を含む国内諸対策を実施し、外交ルート等を通じて、テロ集団と対決し、同集団に対するいかなる支援活動をも阻止し、これに反する行動をとった国家に対しては制裁措置をもって臨むという外交方針を堅持していること、及びこれらのことは国際的信義でもあったことが認められる。このような国際環境下にあっては、日本赤軍と連繋関係にある者に対し、一般旅券発給を旅券法一三条一項五号の「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当するとして拒否することは違法ではないといえる。

2  一審原告と日本赤軍との連繋関係の有無について

(一)  成立に争いのない甲第三、第四号証、第五号証の一ないし七、第二四号証ないし第二七号証、乙第一号証、第二号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものとみとめられる乙第二号証の二、成立に争いのない乙第一四、第一五号証、第三八号証の二ないし一二、第四八号証ないし第六〇号証、第六九号証ないし第七一号証、第八一、第八二号証、第八七号証ないし第九九号証、第一四一、第一四二号証、第一五五号証の一・二、第一五六号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第三七号証、第七四号証、原審証人渡辺雄三及び当審証人新庄一郎の各証言、原審における一審原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、一審被告ら主張の原判決事実摘示第二、三、(四)、(1)、(2)(原判決一七枚目裏一一行目から一九枚目表二行目まで)、(4)(同一九枚目裏九行目から二〇枚目表三行目)、(11)、(12)(同二二枚目裏三行目から二三枚目裏七行目まで)、(14)(ただし、同二四枚目表六行目から同裏四行目までを「一審原告が昭和五〇年一二月一二日帰国した際、羽田空港で警視庁公安部司法警察員から捜索を受けたが、その後に一審原告を迎えにきたのが久保田であり、一審原告は、その晩久保田宅に宿泊した。また、司法警察員が、一審原告から連絡先として指定された新左翼社に対し、電話で、一審原告からの押収物の還付の連絡をしたところ、久保田が、一審原告の代理人として警視庁へ出頭してきた。右久保田は、奥平剛士と重信が昭和四六年二月二日に婚姻届を出した際にその証人となるなど、右両名と親密な親交関係があった。」と改める。)記載の各事実が認められ、原審における一審原告の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  右認定の事実関係を前提に一審原告と日本赤軍との関係についてまず個々的に検討する。

(1) 一審原告が昭和四六年四月から同五二年一二月まで中東地域に渡航滞在していたことは前認定のとおりであり、原審における一審原告の供述によれば、その間、一審原告はパレスチナ難民キャンプのPLOの病院に看護婦として働いていたことが認められるが、そのことをもって一審原告と日本赤軍とが連繋関係にあるとまではいえない。

(2) 昭和四九年二月、日本赤軍構成員である足立の携行品等に対し捜索差押が行われ、その際押収された暗号通信用の換字表のなかに一審原告の名前が暗号数字で記載されていたことは前認定のとおりである。

なる程、換字表における人名の記載順序は、一審被告ら主張のように、厳密な序列に従ったものでないことは確かであろう。しかし、重信を冒頭に、続いて信原と記載されている事実などからして、その序列が全く度外視されていると受取ることも相当でなく、少なくとも一審原告が重く扱われていたとは、到底解し得ないところであり、それらの観点からと思われるが、原審が「重信や信原と比較してかなり軽い扱いしかされていない」と評価したのは、それなりに正鵠を得ているというべきである。ただ、一審被告らが指摘するように、一審原告の氏名が暗号化の対象とされたのは、暗号により通信文の内容を形成する何等かの動機ないし必要性があったればこそであろう。そして、その動機ないし必要性を推測するに当たって、暗号が秘密と結び付くだけに、暗号化の対象とされることにより、その秘密の仲間入り扱いの評価を受け易いことも確かである。しかし厳密にいうと、その動機ないし必要性については、多様な理解が可能であって、確実な拠り所がない限り、一義的な断定はなし得ないところというべきである。その点は、本件の場合にも妥当するのであって、換字表の右のような評価を受け得るような位置にもせよ氏名が記載されていることにより、一審原告が日本赤軍と何等かの関係を有していたことが推認できる。しかし、その関係というのは、極めて多様であるところ、例えば、右換字表には日本赤軍と連繋関係にあるとは認められない山口女史(山口淑子自民党参議院議員のことと推測される)、ナセル、サルトル等多くの人名が記載されていることに加え、一審原告は当時難民キャンプに在住する数少ない日本人であったから、右換字表に一審原告名が記載されていても、別段異とするに足りないとさえいえることを考え併せると、確実な拠り所もないまま、単に換字表に一審原告名の記載があったからといって、一審原告と日本赤軍との間に連繋関係があると解するのは相当でない。

(3) 人民新聞社(その前身の新左翼社)が日本赤軍に宣伝の場を提供し、またその社説等でテルアビブ・ロッド空港事件を賛美し、日航ハイジャック事件犯人の日本引渡に反対し、シンガポール事件への支持を表明し、日航ハイジャック事件でリビア政府に逮捕された日本赤軍構成員である丸岡に対する裁判支援を呼びかける等、日本赤軍に対する支持支援を呼びかけていたこと、一審原告は右人民新聞社に再三投稿し、昭和五〇年一月には同社の特派員になり、同社の編集長とも親交関係があることは前認定のとおりであり、前掲甲第二六号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七五号証の二によれば、一審原告は自己の人民新聞社に対するテルアビブ・ロッド空港事件を賛美するかの如き寄稿文が日本赤軍関係者の発行するパンフレットに転載されたことを光栄に思っていると法廷で述べていることが認められる。

しかしながら、他方、前掲各証拠によれば、人民新聞社に対する寄稿文は、そのほとんどが現地からの報告であり、そのなかには、戦場でもあった難民キャンプで日夜PLO設置の病院で働いていた一審原告が、PLOやパレスチナ難民の見方や感情に共鳴し、それがたまたま日本赤軍を賛美するかの如き表現になったものもあること及び人民新聞社の特派員になったのは、レバノンにおける内戦状態のなかで、ジャーナリストの身分証明書があれば身の安全が計れるとの理由から人民新聞社に依頼して特派員の証明書を発行してもらったとの事情であることも認められるのであるから、前記各事実からも直ちに一審原告が日本赤軍と連繋関係にあるとまで認定するのは相当でない。

(4) 一審原告が昭和五七年一〇月、三多摩パレスチナと連帯する会、人民新聞社等が主催した「パレスチナ人民虐殺を許さない一〇・二四集会」に行者らと共に参加したことは前認定のとおりであるが、前掲各証拠によれば、右集会そのものは公開されたものであって、一審原告は人民新聞社編集長渡辺の依頼によってパネルディスカッションのパネラーとして参加しただけであり、一審原告の参加と行者が参加したこととの関連性は見当たらず、一審原告はその後も行者と出会ったりしてはいないことが認められ、一審原告が右集会に参加したこと及びその場で行者と出会ったことをもって、一審原告が日本赤軍と連繋関係にあるとは認められない。

(5) 一審原告が約五年ぶりに帰国したとき、羽田空港に出迎えたのが久保田であること、一審原告は大阪へ帰る運賃を所持していたが、そのまま久保田方に四、五日宿泊し、その間マスコミ関係者らと対談等をしていたこと(前掲甲第二七号証)、警察からの連絡を受け、押収物還付の一審原告の代理人として久保田が出頭してきたこと、右久保田は、重信が昭和四六年二月奥平と婚姻届をした際その証人となるなど右両名と親密な関係にあったことは前認定のとおりであるが、他方、前掲各証拠によれば、久保田が出迎えに現れたのは、連絡の不行届きから羽田空港に誰も出迎えなかったので、一審原告が以前の勤務先の経営者であった大阪の安本雅一に電話で連絡し、同人からの依頼で東京在住の久保田が深夜空港まで迎えに行ったこと、一審原告はそれまで久保田と面識はなく、そのとき安本に久保田の人相等を教えてもらったことが認められるのであって、これらの事実からすれば、久保田と一審原告とに親交があったとは認められず、一審被告ら主張の事実をもってしては一審原告が日本赤軍と連繋関係にあるとは認められない。

(6) 成立に争いのない乙第三号証、第四号証の一ないし五及び当審証人新庄一郎の証言によれば、一審原告発信の手紙に「こちらから送る場合はATA名を使用します。今後こちらへの手紙はATA名を使用しないで直接私あてにお願いします。」、「そちらの住所はいままででよいのでしょうか」等の記載があり、一審原告が実名を使用しないで手紙のやりとりをしていたことが認められるが、いまだこれをもっては一審原告が日本赤軍と連繋関係にあるとは認められない。

(三)  一審被告ら主張の原判決事実摘示第二、3、(四)、(3)、(5)ないし(10)、(13)の事実についての当裁判所の判断は、原判決理由説示二、4、(二)、2、〈3〉(原判決四四枚目表四行目から四五枚目表一〇行目まで)、〈5〉ないし〈10〉(原判決四七枚目表七行目から五五枚目裏三行目まで及び〈13〉(原判決五九枚目表一三行目から六〇枚目裏一行目まで)と同一であるからこれを引用する。

(四)  以上に見たとおり、一審被告ら主張の事実を個々にみた場合、いずれも一審原告が日本赤軍と連繋関係があると認めるには不十分である。

次に、一審被告らは、一つ一つを取り出してみれば、それ自体としては不十分でも、それら疑わしい事実が数多く重なることは単なる偶然とはいえず、全体として総合すると一審原告が日本赤軍と連繋関係にあることが認められると主張するが、前示(二)、(三)の各説示に加え、一審被告ら主張の事実のほとんどが前処分時以前の出来事であって、本件処分が前処分から八年経過した後であり、その間、一審原告が日本赤軍に対しなんらかの支持支援をし、あるいは受けたことがないことを併せ考えると、これらの事実を全て総合して考察しても、本件処分のなされた昭和六〇年三月当時、一審原告と日本赤軍とが連繋関係にあったと認めることは困難である。

(五)  以上によれば、一審原告が日本赤軍と連繋関係を有しており、そのことが旅券法一三条一項五号に該当するとしてなされた一審被告外務大臣の旅券発給拒否の本件処分は、その判断の前提となる重大な事実を誤認し、その結果与えられた裁量権の行使を誤った違法なものといえるから、取り消されるべきである。

よって、一審原告の一審被告外務大臣に対する旅券発給拒否処分の取消を求める本訴請求は理由がある。

四  一審被告国の責任について

以上のとおり、一審原告が日本赤軍と連繋関係にあると認めるに足りる証拠はないといえる。

しかしながら、前叙の事実関係、すなわち、一審原告が日本赤軍の行ったテルアビブ・ロッド空港事件を賛美するかの如き文章を新左翼社に寄稿したこと、一審原告は日本赤軍を支持支援しているとみられる新左翼社の特派員となっていたこと、一審被告が約五年ぶりに帰国したとき空港に出迎えたのが日本赤軍と関係があるとみられる久保田であり、一審原告はそのまま久保田方に四、五日宿泊したこと、久保田が一審原告の代理人として同人の押収物を受取に警察に出頭したこと、重信が一審原告を激励する寄稿文が新左翼紙上に掲載され、日本赤軍関係者から押収された物の中に一審原告の名前が記載された換字表や一審原告発信の手紙が発見されたことのほか、国際情勢等よりすれば、一審被告外務大臣が一審原告を日本赤軍と連繋関係にある者と判断したのは無理からぬことであり、右判断に故意、過失があるとまでは認められない。

よって、一審原告の一審被告国に対する国家賠償の金銭請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

五  以上によれば、一審原告の一審被告外務大臣に対する請求は正当であるが、一審被告国に対する請求は失当であり、これと判断を同じくする原判決は相当であって、一審原告及び一審被告外務大臣の各控訴はいずれも理由がないから、本件各控訴をいずれも棄却し、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞 福永政彦 古川行男)

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